コズミックブレイク2
シャイニングスターメモリーズ ≪ 22 ≫

原作:サイバーステップ
小説:青葉あおい

今からおよそ1年前に、フィオナは生まれた。
だがその表現は、身体の成長具合からしてみれば明らかに間違っている。二次性徴を終えた、女性らしい曲線を備えた体。しかし成熟というにはまだ一歩及ばず、身体的にはおよそ16歳から18歳といったところだろう。――と、フィオナは己の年齢についてそのように推測した末に、対外的には中間を取って『17歳』であるとしていた。
それなのに、なぜ生まれたのが1年前なのか。それは、己が『フィオナ』であると認識して生きるようになったのが1年前からであるのが理由だ。フィオナは、それよりも以前の記憶を持っていないのだ。
記憶の上で初めて覚醒した場所は、鬱蒼とした森林だった。その時点で覚えていたことは、己の名がフィオナであることと、身につけていた武装の扱い方の2つだけ。それ以外の記憶に関しては、まるで始めから存在していなかったとでも言うかのようにすっぽりと抜け落ちていた。
思い出そうと、記憶を探る余裕はなかった。それから数分と経たないうちに、フィオナの周囲に白色の煙が立ちこみ始めたのだ。煙は時間が経つにつれて濃くなっていき、やがて灰や黒に色を変えていった。伏せていても呼吸に難儀するようになったため、フィオナは煙から逃れるべく草木を掻き分けて森林を進んだ。
やっとのことで森林を出たところで、フィオナの瞳が捉えたのはミサイルや銃弾の嵐だった。大勢の兵士がぶつかりあい、あちらこちらで爆発が生じているその光景を見たフィオナは、一目でここが戦場であると理解した。
なぜ自分がそのような場所にいるのかはわからないが、とにかく逃げなければ戦闘に巻き込まれてしまう。しかし、逃げようと思って振り返ったところで、背後では燃えさかる炎が草木を巻き込みながら着々と距離を詰めてきていた。おそらくはどちらかの陣営が、森林に身を潜めている敵をいぶり出すために火を放ったのだろう。前後左右を見渡したところで、退路などどこにも存在していなかった。
フィオナに残されていた唯一の手段。それは己自身の手で退路を開き、生き延びることだった。
意を決してレールガンを手にする。身の丈以上もある武装は、普通ならば少女の手に余ってもおかしくない代物だろう。だが、いざレバーを掴んでトリガーに指をかければ、レールガンは驚くほどフィオナの手に馴染んだ。その銃身の先までもがまるで手足の一部であるかのように、何をどうすれば思うように動けるのかも体が理解していた。そうしてフィオナは、体に染みついていた感覚だけを頼りに戦場を駆け回った末に、己の手で生を掴み取ったのであった。
戦況が落ち着き、とりあえずの安全を確保したところで改めて己の境遇を思い出そうとした。何度も、何度も、森林で目を覚ます以前の記憶を辿ろうとしたフィオナだったが、どんなに頑張っても記憶が蘇ることはなかった。
そうこうしているうちに、フィオナは周辺を張っていた陣営に不審者として捕らえられてしまった。尋問され、あわや処刑される寸前までいったフィオナだが、雑兵として使われることを条件になんとか命を繋ぐこととなった。
だが、どうしたことだろうか。そのたかが1人の雑兵が、膠着していた戦局を打破してしまうほどの戦い振りを発揮してしまったのだ。フィオナは相棒のレールガンとともに戦場を駆け回り、その正確無比な射撃と高威力の電磁砲を巧みに使い分けることで次々と武功を上げていった。そうして戦争が終結する頃には、フィオナはその陣営にとって必要不可欠な戦力となっていた。
やがてフィオナは、その地での戦争が終わったことでお役御免となった。しかし記憶を持たず、己が何者なのかもわからないフィオナは、戦闘以外の生きる術を持っていなかった。もはや平穏となった星には居場所などなく、彼女は己の生きる意味を戦いの中に見出すべく、傭兵として様々な戦地へと赴いていった。
多くの依頼主を通して様々な人々と関わり、ときにはコンビやチームを組んだりもしたが、そのどれもが一時的なものだった。契約が終われば縁も切れる。ただそれだけの関係を繰り返していく中で、フィオナは戦いというものがとても単純で、それでいて絶対に揺るがない構造をしていることに気が付いた。
どんなに複雑な思惑が絡んでいたとしても、すべては敵か味方か、やるかやられるか、勝つか負けるかといった2つに大別される。己の存在すら曖昧で不確かなものであるフィオナにとって、そのわかりやすく単純な図式は、自分という存在を確立するための材料としてはこれ以上ないほどにうってつけなものだった。
戦いという世界に身を置くようになって1年が経とうという頃、フィオナはシャドウカンパニーの社長という男からコスモリーグ参戦の依頼を受けた。
スポーツライクなバトルを謳ってはいるが、それが戦いの場であることには変わりない。しかもコスモリーグには、リーガー規定という絶対的なルールが存在している。明確で揺るぎないルールを遵守している限り、曖昧な存在である自分もコスモリーグでは公認されるだろう。そう思ったフィオナは、一も二もなくその依頼を引き受けてコズミックネイブルを訪れた。
絶対的なルールに基づいて行動していれば、ここはフィオナの存在を受け入れてくれる。その安心感から、フィオナはリーガー規定やリーグの秩序を守ることに固執するようになった。まるで、それが自らの使命だとでも言うかのように。
ルールに従いながら、フィオナは己の腕を存分に発揮した。依頼主が満足する結果さえ出していれば、コスモリーグという戦いの場に存在し続けることができる。コスモリーグに参戦してからもうすぐで1ヶ月が経とうとしているが、すべては順調に経過していた。
しかしフィオナは、このコスモリーグでクリムに出会ってしまった。
彼女の言動は、フィオナがこれまで経験してきたどのパターンにも当てはまらなかった。敵ならば警戒し、排除するのが当然と思ってきた。だがクリムは、敵であるはずのフィオナに対して警戒心を持たなかったばかりか、どういうわけか交流を深めようとしてきたのである。
その意図を読みきれず、仕方なしに問いかけてみても、的を射るような回答はまったく返ってこない。フィオナは彼女に対してどう対処すれば良いのかわからず、迷っている間にどんどん押し切られてしまうようになった。ついには勢いに流されるままに夕食の招待に応じてしまうこととなったが、なぜそのような流れになってしまったのか、考えても考えてもわからなかった。
だが、不思議なことに不快感はなかった。とまどいはしたが、行っても良いのではないかと、ほんのわずかにではあるが考えるようになっていた。
探究心か、好奇心か。何にせよ、そう思ってしまったのは事実だ。以前押しつけられた弁当がおいしかったこともあり、再びあのような料理が食べられるのかと思うと、少しばかり期待してしまったのもまた事実だ。だからこそ、ホームへ戻って彼女から預かっていた弁当箱を取ってきたフィオナは、小走りで先を急いでいる自分に驚きはしたものの、シャインスターズのホームへ向かうことについては何の疑問も抱かなかった。
しかし、フィオナは気付かされてしまう。ルナの言動を通じて、自分がいつの間にか腑抜けてしまっていたということに。クリムの甘い考えに、感化されかけていたということに。
敵と味方に分かれてしまった以上、双方の行く末は勝つか負けるかのどちらかでしかない。その図式に則り、フィオナはクリムを戦うべき敵と定めた。
これでいつも通り。これまでと、何ら変わりはない。それなのに、フィオナの気分は晴れなかった。クリムと別れてからずっと、これまで経験したことのない不快感が胸の内を占めているのだ。それらを払拭するべく、いつにも増して念入りに武器を手入れしているのだが、まるで効果がない。
一体どうしたというのか。己のことなのに、さっぱりわからない。記憶と同じく曖昧なものとなってしまった自分自身の心に、フィオナは微かな苛立ちを覚えた。
仲間に声をかけられたのは、丁度そんなときだった。

「フィオナ、社長の呼び出しだ。すぐにミーティングルームまで来い」

その声にハッと我に返る。振り向けば、シャドウファングのリーダー格である馬面のロボ――ナイトメアードがフィオナを呼びに来ていた。
手入れの手を止めて、フィオナは招集に応じる。ミーティングルームに向かえば、そこにはすでに他のメンバーが揃っていた。
ヒュムはフィオナだけであり、ロボたちもそれぞれ出身が異なっているため1体として同じ形状の者はいない。他の面子はというと、デルビン族でありながら戦闘に特化した改造を施されたゴライアス。小柄な体躯に2本角が特徴的な、ゴブー族のゴブロン。丸い体に煌々と光るモノアイからビームを放つ、ゲイザー族のゲイズだ。
フィオナ以外の4体は、元々は社長お抱えの用心棒だという。その社長が、シャドウカンパニーの製品をPRするために彼らをコスモリーグへ送り込んだ。フィオナに依頼が来たのは、そのための数合わせというわけである。
社長がリーグ参加を決めた背景には、シャドウカンパニーが武器の開発や製造を行う会社であることが密接に関係している。せっかく武器を作ったところで、その有用性がわからなければ買い手はいない。かといって、いきなり戦場に投入するのも多大なリスクを伴う。そこで社長が選んだのは、スポーツライクなバトルを謳い、老若男女や種族の別なく誰でも気軽に参加できるコスモリーグだった。様々な種族や年代のリーガーがいるコスモリーグは、武器の有用性を立証するのにこれ以上ないほどにうってつけな場所だったのである。
しかし、武器の威力や使い勝手を証明するにしても、リーグバトルは全試合が中継されるわけではない。武器を使用したところで、それを取引相手に見てもらえなければ意味がない。そのため社長は、ゲイズに小型カメラを内蔵させることですべての試合内容を記録し、その映像をプレゼンテーションに用いることにしたのだ。そして先日、彼らはまとめたデータを社長に送信した。今回の呼び出しは、おそらくはそのことに関するものだろうとフィオナは予想していた。
ナイトメアードがモニターのスイッチを押せば、すぐに社長の姿が映し出された。潰れたカエルのような顔をしているが、紛れもないヒュムの男だ。お世辞にも整っているとは言い難い容姿は、私利私欲によって醜く肥えている。それでもフィオナは、この男に雇われている以上はチームを勝利に導かなければならない。たとえそれが、社長の私腹をさらに肥やすことになろうとも、契約というルールに基づいている以上は従うのが筋だった。
椅子にふんぞり返る社長は、通信モニターの向こう側からいつもの不遜な態度で話を進めてくる。初めはプレゼンの結果に関することだったが、それはすぐに無駄話となり、やがて何の具体性もない指示に変わった。だらだらと長い話は、要約すれば『どんな手を使ってでも勝て。必要であればいくらでも金を出す』という内容だった。
社長はある程度喋ったことで満足したのか、今度はモニター越しにフィオナへと視線を向けてきた。

『フィオナよ、華々しい活躍ではないか。さすがは名うての傭兵。わざわざ雇った甲斐があるというものだ』

「ありがとうございます」

称賛に対して礼を言うが、これはあくまで形だけのものだ。フィオナにとって、この程度の戦績は当然のものであり、褒められたところで何の感慨も湧かない。だが社長は、フィオナの反応を真摯な姿勢と捉えたらしく、げらげらと笑いながら気持ちよさそうに葉巻の煙を吐き出した。

『お前には特別ボーナスを支給しよう。今後も我がシャドウカンパニーのために、存分に働くように。期待しているぞ』

その言葉を最後に、社長からの通信は終了した。するとすぐに、それまで黙っていたゴライアスが不服そうに声を上げた。

「おいおい、俺たちには何の報酬もなしか? そりゃあないぜ」

「まったくだぜ。社長は椅子に座って葉巻を吹かしていりゃあいいけどよ、こっちはバトルばっかりでクタクタだ。少しくらい、俺たちにもボーナスをくれたっていいよなぁ?」

ゴブロンもそれに同意しているが、フィオナは彼らの言い分をおかしいと感じ、率直な意見を口にした。

「社長は特別ボーナスと言っていたでしょう? 撃墜数を見ても、あなたたちの個人戦績は芳しくない。結果を出していないのに報酬を求めるのは筋違いよ」

「何だと!? てめえ、俺たちに喧嘩売ってんのか!?」

「私は事実を言っているだけ」

「このやろう……ちょっと社長に褒められたからって、いい気になってんじゃねえぞ!」

ゴライアスが立ち上がる。今にもフィオナに飛びかかろうかという勢いだったが、それをナイトメアードが押さえた。

「落ち着け。社長も言っていただろう? 結果さえ出れば、社長はいくらでも金を出してくれる。次のバトルで、俺たちの力を証明すれば良いのだ」

「ちっ、わかったよ」

説得を受けたゴライアスは渋々といった様子で引き下がる。フィオナとしては味方と争うつもりはなかったため、ナイトメアードの仲裁は素直にありがたいものだった。
そう、彼らはフィオナの味方だ。たとえ依頼されている間だけの一時的な関係とはいえ、フィオナが信じ、また信じてもらう相手は彼らなのである。フィオナはそれを再認識すると同時に、敵であるクリムとわずかにでも交流を持とうとした己を恥じた。
やはり、あのときの自分はどうかしていたのだ。そう思ったフィオナは、首を振って雑念を掻き消した。もう気にするべきではないと己に言い聞かせて、続く作戦会議に意識を集中させた。

~ つづく ~