コズミックブレイク2
シャイニングスターメモリーズ ≪ 20 ≫

原作:サイバーステップ
小説:青葉あおい

これまで何度もショッピングモールに足を運んでいるクリムだが、普段は食料品や日用品のコーナーに立ち寄るばかりで、調理器具のコーナーに足を踏み入れるのは今回が初めてだった。目の前に広がる豊富な品揃えに、クリムは感嘆の声を漏らしながら辺りを見渡している。

「すごいです……こんなに色んな種類のお鍋やフライパンがあるんですね。あっ、これはなんだか便利そうです!」

卵焼き用のフライパンを物珍しそうに眺めるも、すぐに向かい側にある大きな寸胴鍋に興味が移る。

「ルナちゃんは沢山食べますし、これくらい大きなお鍋があってもいいかもしれませんね。でもその前に、まな板と包丁を買わないと……わぁっ! この包丁、すごく切れ味が良さそうです!」

このようにあれやこれやと目移りした結果、クリムはつい色々と買い過ぎてしまった。重い上にかさばる荷物を抱えながら、クリムはふらふらと頼りない足取りで大通りを歩いた。

「お……重いです…………あれ?」

荷物の詰まった紙袋の向こうにフィオナらしき後ろ姿を見つけ、クリムは表情を明るくすると小走りで彼女を追いかけた。

「フィオナちゃーん!」

追いつくのを待てずに大声で呼びかければ、フィオナは声の主を探すように周囲を確認している。それでも後方にいるクリムには気付けなかったようで、クリムは大きく手を振りながら再度声を上げた。

「こっちです! フィオナちゃ――――ひゃあ!」

片手を離したことで荷物のバランスが崩れ、ひっくり返った紙袋から次々と調理器具が落下していく。ガラガラという物音が大通りに響いたことで、フィオナがクリムの存在に気付いて歩み寄ってきた。

「あうぅ……やってしまいました……」

「こんなところで、何をしているの?」

フィオナが不思議そうに首を傾げているのを見て、クリムは自分の頬を掻きながら苦笑した。

「お買い物の帰りなんです。ちょっと買い過ぎちゃいました」

それを聞いたフィオナは、無言でその場に屈むと散らばっている調理器具を拾い始めた。

「あっ、すみません! ありがとうございます!」

「ここは公道だから、早く片付けないと通行の邪魔になる。あなたも早く拾いなさい」

「そうですよね! 急いで片付けましょう!」

フィオナが手伝ってくれたのもあって、調理器具は無事に元の紙袋の中へ収まった。
クリムは両手でしっかりと荷物を抱えながらフィオナに向き直る。

「ありがとうございます。助かりました」

「さっき私を呼んでいたけど、何か用?」

「用……は特にないんですけど、フィオナちゃんの姿が見えたので」

「そう。用がないのなら、もう行くわ」

そのまま踵を返そうとするフィオナを見て、クリムは「ええっ!?」と声を上げると正面に回り込む。

「もう行っちゃうんですか? せっかくですから、もう少しお話しませんか?」

クリムが誘うも、フィオナは訝しげに眉根を寄せていた。

「何のために? あなたと話す理由はないけど?」

「理由……ですか? そうですね……強いて言えば、私がもっとフィオナちゃんのことを知りたいんです」

「情報収集ってこと?」

その言葉に、クリムはプッと吹き出してしまう。

「そんなに堅苦しいものじゃありません。とにかく、立ち話も何ですし……あっ、フィオナちゃん! あれなんてどうですか!?」

クリムが指差した先は、行きつけのソフトクリーム屋だった。

「ここのソフトクリームはおいしいんですよ? お鍋を拾ってくれたお礼にご馳走させてください!」

言うが早いか、クリムはソフトクリーム屋へと走って行ってしまう。フィオナは複雑そうな表情を浮かべながらも、渋々といった様子でその後に続いた。

「こんにちは! おじさん、バニラを2つください!」

「おっ、いらっしゃい! ……んん? 今日はいつもの子じゃねえな? このお嬢ちゃんも友達かい?」

フィオナは店主が尋ねてきた内容にため息をつく。

「私は、友人になったわけでは――」

「そうなんです! フィオナちゃんって言うんです!」

言いかけたところでクリムに割り込まれ、フィオナの言葉はそれ以上続かなかった。

「へぇ、そうかい! それじゃあ、新しいお客さんと、連れてきてくれたお嬢ちゃんにサービスだ! 今日は2つともタダで持って行ってくれ!」

「わぁっ、ありがとうございます! フィオナちゃん、良かったですね!」

「だから、私は――」

「これからもご贔屓によろしくな! お嬢ちゃん!」

またしても発言を掻き消されたフィオナは納得がいかないと言いたげな表情を浮かべたが、差し出されたソフトクリームを突き返すことはできなかったようで素直に受け取っていた。

「フィオナちゃん、こっちですよー!」

一足先に店先のベンチに座っていたクリムが手招きすれば、フィオナは小さくため息をついてクリムの隣に腰掛けた。

「それでは、さっそくいただきましょう!」

言うが早いか、クリムはニコニコ顔でソフトクリームを食べ始める。しかしフィオナは、ソフトクリームを前にして何やら困ったように眉根を寄せていた。

「……これは、食べ物なのよね? どうやって食べればいいの?」

その疑問に、クリムは驚いたように目を丸くした。

「フィオナちゃん、食べたことないんですか? こんな感じで食べればいいんですよ」

クリムは舌を出すと、ソフトクリームをぺろぺろと舐めてみせた。

「フィオナちゃんも、早く食べないと溶けちゃいますよ?」

促され、フィオナは見よう見真似でちろりと舌を出してそっと舐め取る。そうして舌先に乗った白いクリームを口に含んだところで、彼女は驚いたように息をのんだ。

「どうですか?」

「……不思議。氷のように冷たいのに、甘い」

眉根を寄せるフィオナを見て、クリムは不安そうな顔になる。

「もしかして、お口に合わなかったですか?」

心配になって尋ねれば、フィオナは首を振ってそれを否定した。

「少し驚いただけ。おいしいわ」

好感触の感想を聞いたことで、クリムの表情は一気に明るくなった。

「良かったです! バニラの他にも、チョコレートやいちごとか、抹茶なんて味もあるんですよ? どれもおいしいので、また今度食べに来ましょうね!」

「また? あなたとまた、ここに来るの? どうして?」

「だって、いくらおいしいからって一度に沢山食べちゃうと、おなかが冷えてしまいますよ?」

「そういう意味じゃないのだけど……」

フィオナはさらに言葉を続けようとするが、不思議そうに首を傾げているクリムの姿を見るとため息をついて首を振った。

「……あなたに言っても、話が通じなさそうだからいいわ」

「ああっ、フィオナちゃん!」

呟いた矢先に大声を出され、フィオナはビクリと肩を震わせる。

「何?」

「溶けています! こぼれそうですよ!」

「え?」

クリムが指差す先へ目を向ければ、フィオナのソフトクリームは今まさにコーンの堤防を乗り越えようとしていた。

「あわわっ! 今日は温かいから、早く食べないとどんどん溶けてしまいますよ!?」

クリムが話している間にも、溶けたクリームはコーンを伝ってフィオナの両手をどんどん汚していく。フィオナはただただ驚いた様子で、目を見開きながら固まっていた。

「……これ、どうすればいいの?」

「とにかく舐め取ってください!」

フィオナは言われた通りにするが、慣れていないためか口周りや手が白くなっていく一方でほとんど効果がない。

「ん……んっ、難しい……」

「あわわっ、もうダメです! こうなったらハンカチで拭いちゃいましょう!」

ハンカチを取り出し、クリムはコーンを乗り越えたクリームを拭い始める。その間にフィオナは拙いながらも一生懸命に舐め続け、拭き終わる頃にはなんとか食べきることができた。
ひとまず落ち着いたところで、2人は近くの公園に移動した。まずはフィオナが水道で手や口の汚れを落とし、次いでクリムがハンカチを洗い流している。
クリムの背中を、フィオナが何とも言えない微妙な表情で見つめている。

「……あなたの持ち物を汚すのは想定外だわ。悪いことをしたわね」

「気にしないでください。ハンカチくらい、洗うのは簡単ですから」

そのまましばらく洗い続けていたクリムだが、不意にその口から笑い声が漏れたためにフィオナが怪訝そうな顔をする。

「何?」

「いえ、ちょっと面白くて。フィオナちゃんはいつも落ち着いていますし、スタイルもすごく良いですから、大人っぽいお姉さんって雰囲気がありますよね? でもさっきの姿を見たら、意外とうっかり屋さんなような気がしたんです。私もうっかりすることが多いですから、なんだか親近感が湧いちゃって」

それを聞いたフィオナはばつが悪そうにそっぽを向く。

「あなたと同じにされるのは心外だわ」

「えへへ。たしかに、私の方がずっとうっかりしていますよね」

洗い終えたハンカチを絞り、振り向いたクリムは笑顔で言葉を続ける。

「でも、嬉しいです。コズミックネイブルにやってきてまだ1ヶ月も経っていないのに、ルナちゃんやフィオナちゃんみたいな優しいお友達が2人もできましたから」

「……だから、私は友人では――」

「あっ、そういえば!」

フィオナが言いかけたところで、クリムはまたしても言葉を被せてきた。

「勝手にお姉さんって思っていましたけど、フィオナちゃんはおいくつなんですか? ちなみに私は16歳です!」

クリムはニコニコしながら話しかけるが、その質問を聞いた途端にフィオナの顔色が変わった。普段は愛想のない無表情なのに、今はどこか悲しげな様子で顔を曇らせている。

「フィオナちゃん? どうかしましたか?」

クリムが心配そうに尋ねると、フィオナは小さくため息をついて呟いた。

「……17歳……と、言うことにしているわ」

曖昧な表現にクリムが首を傾げる。

「しているって、本当は違うんですか?」

「……知らない」

素っ気なく言い放ち、うつむいたフィオナは小さく首を振る。再び顔を上げたときには、彼女はいつもの無表情に戻っていた。

「もう用は済んだでしょう? 今度こそ帰らせてもらうわ」

「あっ、待ってください! フィオナちゃん!」

背中を向けたフィオナをクリムが呼び止める。

「今夜はお鍋にしようと思っているんです。フィオナちゃんさえ良かったら、私たちのホームで一緒にお夕飯を食べませんか?」

そう告げれば、振り向いたフィオナは心底意外そうに瞳を丸くする。

「……あなたはなぜ、別のチームである私を食事に誘うの?」

「お鍋って、みんなで食べた方がおいしいと思うんですけど、シャインスターズには私とルナちゃんの2人しか食事をする人がいないんです。もしフィオナちゃんが来てくれるのなら、助けてもらったお礼も兼ねてご馳走させていただきたいんです!」

クリムが曇りのない笑顔で伝えれば、彼女を見つめるフィオナの瞳は困惑気味に揺れる。

「バトルフィールドで会えば、私はあなたの敵になるのよ? それなのに、どうして敵をホームへ招くことができるの?」

立て続けに問いかけられ、クリムは少しだけ困り顔になる。

「たしかにバトルではそうなるかもしれませんけど……でも、ここやホームはバトルフィールドじゃありませんから、フィオナちゃんと戦うことはありませんよね? それなら、今のフィオナちゃんは敵ではないと思いますけど?」

「……私は武器を持っている。その気になれば、いつでもあなたたちを攻撃することができる。敵対チームが減ることは私たちのメリットにもなるのだから、私がそうしないという保証なんて、どこにもないわ」

それを聞いたクリムは一瞬だけきょとんとしたが、すぐに口元を押さえながら心底おかしそうに笑い出した。

「フィオナちゃんでも冗談を言うことがあるんですね。だけど、いくら騙されやすい私でもさすがに引っかかりませんよ? フィオナちゃんがそんなことするはずないって、この私でもわかります」

「どうして信用できるの? 私はあなたのチームではないのに」

「だってフィオナちゃんは、困っていた私を何度も助けてくれたじゃないですか。そんな親切で優しいフィオナちゃんが、人を襲うような真似をするはずがありません」

フィオナの目をまっすぐに見つめながら、クリムはきっぱりと言い切った。誠実そのものの言動を前にして、フィオナはショックを受けたかのように絶句してしまう。

「……わからないわ」

長い沈黙の後、フィオナはようやくそう呟いた。

「甘過ぎる。あなたみたいな人が、どうしてコスモリーグにいるの? こんなに甘い考えなのに戦いの場にいるなんて…………信じられないわ」

うつむくフィオナを、クリムが不安げに見つめている。

「……あの、もしかして私、余計なことをしちゃいましたか? ――――あっ、もしかして…………」

何かに思い当たったのか、クリムまで沈んだ顔になった。

「……ごめんなさい。フィオナちゃんが気遣ってくれていたのに、私は全然気が付かなくて……」

「……え?」

フィオナが顔を上げると、クリムは落ち込んだ様子でポツポツと呟いた。

「この前のお弁当が、お口に合わなかったんですよね? フィオナちゃんは優しいですからはっきり言えなくて、それで……」

「――――っ、違う!」

即座に否定され、クリムは驚いて顔を上げる。――が、驚いていたのはフィオナも同じだったようで、彼女は自らの口元を押さえながら目を瞬かせていた。

「フィオナちゃん?」

クリムが不思議そうに首を傾げる。深紅の瞳が、言葉の意味を問いかけてくる。再びうつむいたフィオナは、まるで恥じらっているかのように頬を赤らませながらポツリと呟いた。

「…………おいし、かった」

ちらりと目線を上向かせれば、クリムは溢れんばかりの笑顔になった。

「本当ですか!? うわぁ、すっごく嬉しいです!」

喜びを露わにし、クリムはフィオナの手を取った。

「そういうことなら安心です! 是非私たちのホームに来てください!」

言うが早いか、クリムはフィオナの手を引きつつ、もう片方の手で脇に置いていた荷物を抱えた。そのまま駆け出そうとしたところで、フィオナの口から「待って」という蚊の鳴くような小さな声が漏れた。
クリムが立ち止まると、フィオナはわずかに視線を逸らしながら呟いた。

「……ホームに、取りに行くものがあるの。だから……後から、行く」

フィオナ自ら「行く」と言ってもらえたことが嬉しかったのか、クリムは満足そうに頷きながらその手を離した。

「わかりました! それなら先に行って、お鍋の準備をしながらお待ちしていますね!」

クリムははりきって駆け出したが、公園を出ようとしたところで小さな段差につまずいた。転びそうになるのを見たフィオナが咄嗟に駆け寄ろうとしたが、クリムはなんとか堪えて体勢を立て直した。

「あはは……。それじゃあフィオナちゃん、また後で会いましょうね!」

恥ずかしそうに笑って、クリムは今度こそ公園を後にした。
フィオナは呆然とその背中を見送っていたが、やがて深いため息を吐き出すと、口元に緩やかな弧を描いた。
顔を上げて、彼女は自らのホームへ向かって歩き出す。その表情は、いつもの無表情とはほんの少しだけ違っていた。

~ つづく ~