コズミックブレイク2
シャイニングスターメモリーズ ≪ 18 ≫

原作:サイバーステップ
小説:青葉あおい

全宇宙から強者が集い、己の願いを叶えるために力や技を競い合う競技、コスモリーグ。今年度のリーグが開幕してから、早いもので3週間が経過しようとしていた。
初参戦のシャインスターズは、エントリー当日に結成された急造チームだ。チーム内のコミュニケーション不足から、クリムとルナの仲が一時険悪になってしまったこともあったが、それぞれの事情を理解し合った今は互いの願いを叶えるために共闘する戦友であり、またプライベートでは一緒に買い物をし、トレーニングルームで汗を流すなどといった良き友人となっていた。
だが、それによって順調に勝ち進めるほどコスモリーグは甘くない。スペシャルマッチに勝利したことで大幅にランキングを上げたものの、クリムとルナがうっかり散財したことにより不十分な武装でバトルを行わざるを得なくなった結果、まさかの3連敗を喫してしまったのだ。
しかし負けたからといって、以前のようにルナが苛立ちを溜めこむことや、クリムがどうすれば良いのかを1人で悩むことはなくなった。2人はバトルが終わるごとに互いの良かった点や至らなかった点について話し合うようになり、その反省を次のバトルに繋げられるようになった。チームは少しずつではあるが確実に成長しており、現在の順位は中の下といったところにいた。
ルーキーリーグでは、1週間に3~4戦を消化するペースでバトルが行われている。基本的には1戦したら次の日は休みとなるが、抽選によっては連戦、もしくは連休となる場合もある。リーガーたちは余暇を利用して体を休め、また己に足りない部分を補うためのトレーニングを行い、装備を整えて次のバトルに備える。そうやって心身をリフレッシュさせながら己の健康を管理するのも、コスモリーガーたる者の努めなのであった。


その日、シャインスターズはバトルが休みであった。ゼロはリビングで武器の手入れをしており、ルナは午前中から複合施設エリアにあるトレーニングルームで自主鍛錬を行っていた。
ジュウゥ……という、油の弾ける音がキッチンに響く。白色だった衣が、高温の油に熱せられてどんどん色を変えていく。それを見つめる深紅の瞳は真剣そのもので、視覚、聴覚を研ぎ澄ませながら、最適なタイミングを図っていた。

「今です!」

その瞬間を逃さんと、手にしていたトングで次々とつまみ上げる。バットに上げられたそれらは、こんがりとしたきつね色の輝きを放ちながら食欲をそそる香りを漂わせた。

「できました! クリム特製コロッケの完成です!」

クリムがバットを掲げながら跳ね回る。ひとしきりはしゃいでから、クリムは己が作ったコロッケをまじまじと見つめて満足げに微笑んだ。

「我ながらおいしそうにできました! 早くルナちゃんに食べてもらいたいです!」

小走りにテーブルへ駆け寄って、赤と黒の箱にコロッケを詰めれば2人分の弁当が完成する。赤い小さな箱はクリム用、黒い大きな箱はルナ用だ。
それぞれコロッケの他にも、卵焼きやほうれん草の胡麻和えといった様々なおかずが入っている。彩りも考慮された見事な出来だが、横も縦もみっちりと敷き詰められているため少々窮屈に見えなくもなかった。

「ちょっと作り過ぎちゃいましたけど……ルナちゃんはいつもいっぱい食べてくれますし、大丈夫ですよね?」

そう言いながらも、クリムはやはり心配なようだ。黒い蓋を手に持ち、恐る恐るといった様子でそっと蓋を被せてみれば、蓋はおかずを潰すことなくすんなりと閉じてくれた。
クリムはホッと胸を撫で下ろす。

「良かったです。……あっ、もうこんな時間! ルナちゃんとの待ち合わせに遅れてしまいます!」

壁にかかる時計を見たクリムは慌てて弁当を包み始める。ルナにお弁当を届け、食べた後は一緒にトレーニングを行う約束をしていたのに、時刻はまもなく正午になろうとしていた。クリムはいそいそと支度を整えると、リビングに出てゼロに声をかけた。

「それではゼロさん、行ってきまーす!」

挨拶もそこそこに、クリムは廊下を駆けていく。

「クリム、慌て過ぎて転ぶんじゃないぞ?」

ゼロがそう声をかけた途端、廊下から「きゃー!」という声と一緒にズデンという大きな音が聞こえてくる。ゼロはロングソードを脇に置くと、立ち上がって廊下を覗き込んだ。

「大丈夫か?」

クリムは「いたた……」と呟きながら尻をさすっていた。転んだ際に打ったようだが、弁当はしっかりと抱えたままだ。大方、弁当を庇って尻もちをついたといったところだろう。

「だ、大丈夫です! 行ってきます!」

立ち上がり、今度こそ外に飛び出していく弟子の姿を、ゼロはやれやれといった風に肩を竦めながら見送った。
クリムはタクシー乗り場へ向かい、停車していたタクシーに乗り込むとマイクに向かって行き先を告げた。

「中央コロニー3層目の、複合施設エリアまでお願いします!」

クリムの指示を受けたAIが、返事とばかりにピピッという電子音を立てる。扉が自動で閉まったのを合図に、タクシーは目的地を目指して走行を開始した。
それから数分と経たずに、タクシーは各コロニーを連結するチューブ型のトンネルに入った。地面を除く一面に宇宙空間が広がり、クリムの頭上ではコスモピースの煌めきが尾を引きながら通り過ぎようとしていた。それを眺めているうちにトンネルは終わり、複合施設エリアに入ったタクシーは手近にあった停留所に止まった。
クリムは開いた扉から外に飛び出すと、ルナの所へ向かうべく自らの足で走り出した。せっかくのご飯を、出来たてのうちに食べてもらいたいという一心で道を急いでいたが、しばらく走ったところで「あっ!」と声を上げて立ち止まる。

「もしかして、タクシーでそのままトレーニングセンターまで行った方が早かったのかも……」

クリムが入ってきたのは西側区画だが、トレーニングルームは南側区画に位置する総合トレーニングセンターの中にある。タクシーは無料でどこまでも走ってくれるため、慌てて降りる必要などなかったのだ。

「うう……失敗してしまいました」

クリムは己のうっかりに落胆した。すでに停留所からは離れてしまったし、周囲を見渡したところでタクシーも見当たらない。

「こうなったら、このまま走っていくしかないですよね」

クリムは再び走り出したが、実際はタクシーなどなくとも、脚部に装着しているブースターで飛行すれば良いだけの話だ。それすらも失念してしまうのもまた、クリムらしいといえばそうなのであった。
大通りに出れば、様々な店が軒を連ねている風景が目に入る。その中には、ルナと2人でよく訪れるソフトクリーム屋もあった。

「おっ、お嬢ちゃん。ランニングかい?」

カウンターから身を乗り出しながら話しかけてきたのは、筋骨隆々の体躯に日焼けした肌の、およそスイーツとは縁遠そうなヒュムの男だ。彼はこの店の店主であり、笑顔を浮かべた際に覗き見える白く輝いた歯が非常に印象に残る人物である。今ではすっかり常連となったクリムとルナに対して気さくに声をかけてくれるようになっていた。

「ん? 今日は連れの子はいねえのか?」

「ルナちゃんとは、トレーニングルームで待ち合わせをしているんです!」

その場で足踏みをしているクリムの姿に、店主は急いでいるのを察してくれたらしい。白く輝く歯を見せながら笑うと、軽く手を振ってみせた。

「そうか、急いでいるとこ悪かった。トレーニングが終わったら、また寄ってくれよ」

「はい、是非そうさせていただきます!」

ぺこりとお辞儀をして、クリムは再び走り出した。
十字路を越え、さらに進んだ先を右に曲がれば目的地への通りに出る。クリムはもうすぐゴールに辿り着けることに安堵したが、角を曲がった途端に何かを踏んづけてバランスを崩してしまう。

「えっ!? ひゃっ、きゃあ!」

「んぎゃあ!」

足元から叫び声が聞こえたと同時に、クリムの視界は180度回転する。踏んづけたものが転がった拍子にひっくり返ってしまったのだ。今度は弁当箱も手放してしまい、クリムはまたしても尻を打ち付けて「いたた……」と呟いた。

「ぎゃー! 踏まれたじゃーん!」

「兄貴ぃ!? 大丈夫さぁ!?」

通りに響いた大声に、クリムは我に返ると慌てて起き上がった。

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!? ――あれ? あなたたちは、デルタちゃんにデルジちゃんじゃないですか!」

目の前に転がっていたのは、いつぞやのデルビン族の兄弟だった。自称デルビン族期待の星である兄弟は、クリムの顔を見てすぐにロボアイを明滅させる。

「げげっ、お前はあのときの女じゃん!」

「兄貴ぃ、気をつけるさぁ!」

身構えた兄弟は周囲を警戒するが、しばらくすると拍子抜けしたようにだらんと腕を下ろした。

「……今日は、生意気な女と物騒な女はいないさぁ?」

デルジが尋ねてくるが、クリムには誰のことなのかわからなかったらしく不思議そうに首を傾げている。

「よくわかりませんけど、今は私1人ですよ?」

それを聞いた兄弟は、顔を見合わせてすぐに薄ら笑いを浮かべた。

「兄貴ぃ、これはチャンスさぁ」

「今のうちに、取れるもんを取っておくじゃん」

ヒソヒソと話し合っていたかと思えば、不意に兄のデルタが地面に倒れ込んだ。

「いたたたたぁ! すっごい痛いじゃん! 骨が折れたじゃーん!」

デルタは叫び声を上げながら地面をのたうち回る。それを見たクリムは、顔を青ざめさせながらおろおろしてしまう。

「大変です! すぐに病院へ行かないと――……あれ? ロボさんにも骨ってあるんですか?」

クリムがそんな疑問を口にすれば、兄弟の体は面白いほどに跳ね上がった。

「だだだ、そんなことはどうでもいいじゃーん!」

「そうそう、どうでもいいさぁ! それよりも、兄貴を病院に連れて行くから治療費をよこせさぁ!」

兄弟はロボアイを明滅させながらも強気の態度だ。踏んづけてしまったのは事実のため、クリムは今にも泣きそうになっている。

「ごめんなさい……。お支払いをしたいのは山々なんですけど、今はほとんど持ち合わせがなくて……」

クリムは昨日のバトルに勝利したことで久しぶりにまとまったファイトマネーを手にしていたが、すぐに装備の補充や修理、チームの食費などで使ってしまったため手持ちがほとんど残っていなかった。しかし兄弟は、クリムがわずかにでも支払う意志を示したことで余計に気を大きくしたらしく、さらに調子づいてクリムを責め立てた。

「あ~あ、これじゃあ次のバトルにも出られないじゃーん! どうしてくれるじゃーん!」

「こうなったら、誠意を見せてもらわないと気が済まないさぁ! 手っ取り早く慰謝料をよこせさぁ!」

だが、兄弟が強気でいられたのはここまでだった。2人の背後に人影が立ち、腰のホルダーに固定しているレールガンに手をかけながら尋ねてきた。

「詐病による金銭の強奪は、コスモリーグの秩序を乱す紛れもない違法行為。運営に通報するけど、覚悟はいい?」

冷たさを感じさせるほどに落ち着いた雰囲気を放つ声。兄弟は飛び上がらんばかりに驚いて、振り返ったところでさらに驚いて悲鳴を上げた。

「ぎゃー! あのときの物騒な女さぁー!」

その人物の冷静さを象徴する、水色の瞳と長い髪。白を基調とするボディスーツに身を包んだ少女は、2人の眼前にレールガンを撃ち込んだ張本人だった。

「逃げるじゃーん!」

「ひぃぃ! 兄貴っ、待ってくれさぁー!」

「あっ、デルタちゃん! 骨折しているのに動いちゃダメですよー!」

クリムは転がるように逃げていく兄弟を追いかけようとしたが、一歩踏み出したところで肩を掴まれて足を止めた。
振り向けば、先ほど助け船を出してくれた少女――フィオナが口を開く。

「あれは嘘。ロボには骨がないから、骨折なんて有り得ない」

それを聞いたクリムは、心底驚いた様子で目を丸くした。

「そうなんですか? ……ってことは、また騙されちゃったんですね。ルナちゃんがいたら、危機感が足りないって怒られていたところでした」

しょんぼりとしてしまったクリムに、フィオナは手にしていた包みを差し出してきた。

「これ、あなたの?」

転んだ拍子に放り投げてしまった弁当を見て、クリムは慌ててそれを受け取った。

「ありがとうございます! どうしましょう……グチャグチャになっていないと良いのですけど……」

その場にしゃがみ込み、膝の上に弁当を置いて包みを解く。恐る恐る持ち上げてみると、中身は弁当箱いっぱいに敷き詰まっていたおかげで何ともなかった。
ホッとしているクリムを見て、フィオナが小首を傾げながら尋ねてくる。

「放った割には大事そうだけど、それは何なの?」

「お弁当です。ルナちゃんと一緒に食べるために、私が作ったんです」

弁当を包み直したクリムは、立ち上がるとすぐに深々と頭を下げた。

「フィオナちゃんに助けてもらうのは、これで2度目ですね! この前もさっきも、助けてくれて本当にありがとうございます!」

「……どうして、私の名を知っているの?」

当然と言えば当然の質問に、クリムはニコニコしながら答えた。

「スペシャルマッチのときに、ソプラさんが実況していたのを聞いていましたから。でも、そう言われてみれば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。私はクリムローゼといいます。クリムって呼んでください」

「知ってるわ。シャインスターズのクリムローゼでしょう?」

フィオナがさらりと告げるも、クリムはなぜか納得がいかないといった様子で首を振っている。

「もう、フィオナちゃん。せっかくですからクリムって呼んでください」

それを聞いたフィオナは眉根を寄せた。

「なぜ? 名前を短縮して呼ぶことに、何の意味があるの?」

「愛称です。お友達はみんなクリムって呼んでくれているので、フィオナちゃんにもそう呼んでほしいです!」

「……私は、あなたの友人になったつもりは……」

フィオナが言いかけたところで、クリムが突然「ああっ!」と大声を出した。

「ゆっくりしている場合じゃありませんでした! ルナちゃんを待たせているので急がないと! フィオナちゃん、ごめんなさい。今度会ったときは、お茶でも飲みながらいっぱいお話しましょうね!」

「必要ないわ」

フィオナはあっさりとした口調で言い放つが、クリムは首を振ってそれを否定する。

「そうはいきません。助けてもらったお礼だってまだなんですから」

「私はただ、コスモリーグの秩序を乱されるのが嫌なだけ。助けようと思ってやったわけじゃないから、礼なんて不要よ」

「そう言われても、それじゃあ私の気が済みませんし……――――あっ!」

クリムは思いついたようにポンと手を叩く。

「フィオナちゃんは、お昼ご飯はもう食べちゃいましたか?」

「まだだけど、それが何?」

それを聞いた途端、クリムの表情がパアッと輝いた。

「それなら、このお弁当を受け取ってください! 自分で言うのも何ですけど、自信作なんです!」

クリムに赤い包みを押しつけられ、フィオナの目が白黒している。

「今はそれしかありませんけど、今度会ったときはしっかりお礼をさせてくださいね!」

フィオナが何も言えないでいるうちに、クリムは手を振りながらさっさと走り去ってしまった。
クリムを呆然と見送った後、フィオナは包みに視線を移してポツリと零す。

「……これを、どうしろと言うの?」

呟いたところで答える者はいない。フィオナは仕方ないと言いたげにため息をつくと、弁当を手にしたまま近くの公園に移動した。
ベンチに腰掛けて包みを広げれば、中には2段重ねの赤い弁当箱が入っていた。フィオナは蓋に収納されていたフォークを手にすると、蓋を開けて中身を確認した。
色とりどりのおかずを無言で眺めた後、フィオナは手近にあった卵焼きをフォークで刺して目線の高さまで持ち上げる。

「……毒は入ってなさそうだけど……」

複雑そうな表情で卵焼きを見つめていたフィオナは、しばらくして意を決したように1口含んだ。
モグモグと咀嚼するにつれて、水色の瞳がどんどん丸くなっていく。フィオナはフォークに残っていた欠片も口に入れると、今度はコロッケに手を伸ばした。サクッとした軽い音が彼女の耳に届き、頬がうっすらと赤みを帯びる。

「……おいしい」

呟いて、フィオナは他のおかずも次々に口へと運んでいった。

~ つづく ~