コズミックブレイク2
シャイニングスターメモリーズ ≪ 12 ≫

原作:サイバーステップ
小説:青葉あおい

ゼロはまっすぐホームに戻ってくると、クリムの部屋に入って彼女の体をベッドに横たえた。そうして毛布をかけてやったところで、背後にいるルナに声をかけてきた。

「ルナ、これを見なさい」

そうして示したのは、部屋の壁に沿って並べられた鉢植えだった。スッと伸びた茎に、青々と茂る葉。それらの間から覗いているのは、赤や黄、緑や紫といった色とりどりの野菜だ。

「野菜の鉢植えですか? どうしてこんなものが、クリムの部屋に置いてあるのですか?」

「この野菜は、クリムが故郷から持ってきた種を育てたものだ。クリムが振る舞ってきた料理には、これらの野菜が使われていたのだよ」

それを聞いたルナは呆れた。

「野菜くらい、複合施設エリアのショッピングモールにいくらでも売ってあるじゃないですか。それなのに、わざわざ種から育てて料理に用いるなんて……」

一般的な少女の趣味としてならば、家庭菜園という手間をかけるのもいいだろう。しかし、ここはコスモリーグだ。リーガーである以上、そんな暇があるのなら訓練の方に時間を費やすべきだとルナは思った。

「ほんと、どこまでものんきな子ですね。一体何しにコスモリーグへ来たのか、ますますわからなくなっちゃいますよ」

ため息交じりに思ったことを呟けば、ゼロはクリムの寝顔に目を向けたまま口を開いた。

「……クリムの故郷がある星は今、原因不明のエネルギー危機に陥っているのだ。半年ほど前から徐々に星のエネルギーが枯渇していて、肥沃だったはずの大地が次々と痩せてきている。住人たちは作物が育ちにくくなってしまった土地で、少ない食料を分け合いながら細々と暮らしている」

それを聞いたルナは、先ほどまでの呆れた様子から一転して困惑の表情を浮かべた。

「え……でも、この野菜はしっかり育っていますよね? クリムだって、いつものほほんとしていましたし……」

「土や水は別の星で手に入れたものだからな。質にこだわりさえしなければ、適度な土と水、それに光があれば作物は育つ。……だが、そんな簡単で当たり前のことですら、今のクリムの故郷では難しくなっているのだ」

ルナはますます混乱した。ゼロの話は、普段のクリムの様子と比較するとあまりにもギャップがあり過ぎて、すんなりとは理解できなかった。

「それなら、いっそのこと星を捨てて、別の星に移住すればいいんじゃ……」

「今日まで自然と共存する生活を送ってきたクリムの故郷には、必要最低限の科学技術しか存在していない。今から移送用のシップを作り始めたとしても、完成を待たずに残存する生命が死に絶えてしまうだろう」

ルナは言葉を失った。それらの話が本当なら、事態はあまりにも深刻だ。ルナは目を白黒させながら、まじまじとクリムを見つめた。
ルナが見ている限り、クリムはいつでも笑顔で明るかった。失敗して落ち込んだとしても、すぐに元気を取り戻していた。そんな彼女に、ここまで困窮している事情があったなどとは、ルナは少しも想像していなかった。
ゼロはさらに話しを続けた。

「私がこの子の故郷に立ち寄ったのはただの偶然だが、困り果てている住人たちをとても放ってはおけなかった。ジッとしていては、星に住むすべての生物はそう遠くないうちに死に絶えてしまうのだからな。私は現状を打破するための手段として、彼らにコスモピースの存在を教えた。その力を使えば、星の危機を救えるはずだとな」

それを聞いたことで、ルナの中でようやく話が繋がった。以前ゼロが言っていた、クリムを弟子にすることになった『やむにやまれぬ事情』とはこのことだったのだ。
だが、それは理解できたとして、ルナにはさらに別の疑問が生じた。

「事情はわかりましたけど、それならどうして素人のクリムを連れてきたんですか? 故郷には、クリムよりも戦いに向いた大人や男がいるはずですよね? 彼らを連れてきた方が、より確実にコスモピースが手に入りますよね?」

「幸か不幸か、クリムのいた星はとてものどかで、敵対する種族や他の惑星による侵攻といった危機はまったく存在していなかったのだ。他者と争い競い合う必要がなかった彼らにとって、戦いというものは想像し難い未知の世界だ。大人ですら及び腰になり、誰も参加の意思を示せない中で、ただ1人私に弟子入りを志願してきた少女がいた。それが、里長の一人娘として、平和な星に生まれ育ったクリムだったのだ」

「……あのクリムが、自分から弟子入りを? 大人ですら怖がっていたのに? 戦い方なんて、何も知らないのに?」

ゼロは頷いてみせた。

「とにかく様々なことに苦労した。戦い方どころか、まずは他者との競争や勝負というものの存在から教え込まなければならなかったからな。それと平行して体力向上のトレーニングをこなし、最低限の体の基礎が出来上がったところで、ようやく武器やブースターの取り扱いだ。それまで戦闘とは無縁だった少女が、たった3ヶ月という短い期間でこれらすべてをこなすのに、どれほどの努力が必要であったか……蒼い月の民である君なら、言わずともわかるのではないか?」

ルナはグッと押し黙る。ルナたち蒼い月の民ですら、体力や筋力のトレーニングは基礎中の基礎であり、成長に合わせて段階的に、かつ長期に渡って継続的に行うのが常だ。重量のある武器や防具を装備するには、それを支えられる体がなければ話にならない。だからこそ、体作りには時間と手間をかけるべきなのだ。
だが、クリムはたったの3ヶ月で、コスモリーグに参加できるだけの体を作らなければならなかった。それまでは鍛錬とは無縁だったであろう少女が、だ。
ルナはクリムの顔をジッと見つめた。
いつも笑顔で明るく、素直で騙されやすく、料理が得意なうっかり者という印象しかなかったのに。故郷の危機やそこに住まう人々を救うために、その華奢な体にどれほどの努力を積み重ねてきたのだろうか。故郷の命運を背負いながらも、クリムはそれまでの苦労や辛さを露ほども感じさせなかった。そのことに思い当たったからこそ、ルナは余計にとまどいを覚えた。

「そんな事情があるのなら、なおさら勝たなきゃしょうがないじゃない……。なのに、どうして自分の腕を上げようとしなかったのよ……」

クリムに尋ねるように呟けば、ゼロが彼女の代わりにそれに答えた。

「広い宇宙には、種族の数だけ多種多様な文化や風習がある。君たち蒼い月の民が戦いに勝つことを名誉として訓練に明け暮れるのに対して、クリムたちはそもそも戦いというものを知らない。他者よりも強くあろうとする、我々ロボや君たちにとって当たり前の競争心や、そのための訓練という行動とは縁遠かったのだ。それなのに、知らないことを当たり前のようにやれと強要するのは、酷な話だとは思わないか?」

ルナは何も言えなかった。ゼロの言葉はもっともで、反論する理由がないのだ。そんなルナの姿に、ゼロはため息を1つつくと諭すように続けた。

「君は私を甘いと言ったな? 君の常識では、たしかにその通りなのかもしれない。だがクリムは、己が足を引っ張っていることを自覚していなかったわけではない。君が望む形ではなかっただろうが、せめて己にできることだけは精一杯やろうとしていた。そんなクリムの気持ちだけは、どうかわかってやってくれ。君が必死であるように、クリムもまた必死なのだから」

そこまで話したところで、ゼロはルナに背を向けて歩き出す。そうしてドアの前に来たところで足を止めると、念を押すように言葉を付け加えた。

「頼りないかもしれないが、この子はとても純粋で素直だ。だからこそ私は、経験さえ積めばそう遠くないうちに戦果を上げられるはずだと信じている。できれば君にも、一緒に見守ってもらえると嬉しいのだがな」

そう告げて、ゼロは今度こそ退室した。
残されたルナは、複雑な表情でクリムを見つめていた。彼女が生まれ育ったという、他者との争いや競争が存在しない暮らし。他者よりも強くなるために物心ついた頃から訓練を積み、技や力を競うのが当たり前の生活を送ってきたルナには、クリムのいた世界はまったく想像できないものだった。
だが、それはクリムも同じなのだろう。知らず、経験もなく、想像もできないのなら、何もできなくて当然だ。それなのに、クリムの事情を知ろうともしないまま、ただ自らの常識と価値観を強いてしまったことをルナは悔いた。
うつむき、拳を強く握り締める。

「……未熟者ね、私は。結局、族長の言う通りだったじゃない……」

族長は見抜いていたのだ。ルナが力を必要とするばかりで、他者を気遣い思いやる心を失っていることを。それに気付かず、ただ一刻も早くコスモリーグへ赴くことばかりを考えていた己を、ルナはとても恥ずかしく思った。
それと同時に、ルナはクリムの言動を振り返る。のんきさとうっかりで霞みがちになっていたが、クリムはその実、常に他者を思いやっていた。ルナたちの食事を率先して用意していたのは、疲労や健康面を気遣ってのことだろう。デルビン族の簡単な嘘にあっさり騙されてしまったのも、困っているように見えた彼らを放っておけなかったからに違いない。
どうして気が付かなかったのか。クリムには、他者を思いやる優しさという良いところがあったというのに。彼女の悪い面ばかり見て、1人で苛立っていた自分を心底恥じ、ルナはクリムの顔を直視できなくなった。
ルナは考えた。今の自分が、傷ついたクリムのためにしてあげられることは何だろうかと。そうしてしばらくすると、ハッと思いついたように顔を上げて、早足で部屋を出てリビングダイニングへ向かった。
テーブルの上には、グチャグチャになった挙げ句にすっかり冷めてしまった料理が放置されていた。ルナはすぐさま駆け寄ると、ためらうことなく手を伸ばしてテーブルの上に転がっていた肉をつまみ上げた。
そうして口へと運べば、まろやかで優しい味が口の中に広がった。それはルナの荒んでいた心と体に染み渡り、胸の奥から熱い何かを込み上げてきた。
ルナは手を止めることなく食べ続けた。1口含む度にクリムの優しさが伝わってくるが、それもそのはずで、これらの料理はトレーニングで疲れているであろうルナのために作られたものだ。そして食材に用いられている野菜は、彼女が自ら率先して守ろうとしている故郷のものだった。
クリムが何を思い、何を考えながらご飯を作ってくれていたのか。クリムの気持ちをあれこれと想像しながら、ルナは1口ずつ、じっくりと味わうのだった。


窓から差し込む茜色の光。時刻は夕方のため、一見すると夕日であると錯覚してしまうが、ここはコロニーの内部である。空が茜色に見えるのは、時間の変化をわかりやすく伝えるために外壁が光量や色合いを変化させているだけで、本物の夕日ではない。
だがそんな光でも、顔に当たれば眩しいことには変わりない。それまで眠っていたクリムは、まぶた越しに眩しさを感じたのか、顔をしかめてからうっすらと目を開けた。
深紅の瞳にルナの姿が映り、クリムは数回瞬きを繰り返した後目を丸くした。

「あれ? ……ルナちゃん、ここはどこですか?」

「あなたの部屋よ。あの後すぐに倒れて、師匠がここまで運んでくれたのよ」

「そうですか……」

クリムはそこで言葉を切ってしまった。何を言うべきか、考えあぐねているように見える。ルナも気まずさから無言になっていたが、いつまでもそのままでいられないことは十分わかっていた。
切り出すなら、自分から。ルナは小さく息を吐くと、そっと口を開いた。

「私の兄さんはね、コスモリーガーだったのよ」

唐突な内容に、クリムが不思議そうに小首を傾げる。

「ルナちゃん、お兄さんがいるんですか?」

「ええ。私は5つ上の兄と、3つ下の弟の3人兄弟なの」

「そうなんですか……いいですね。私は一人っ子ですから、小さい頃はよくお兄さんやお姉さんがいたらなぁって思ったりしました。3人兄弟のお兄さんなんて、きっととても優しくて、頼りになるお兄さんなんでしょうね」

クリムが話すのを聞いて、ルナは少し照れたようにはにかんだ。

「ほんと、その通りよ。兄さんはとても優しくて、いつも私を可愛がってくれたわ。でも優しいだけじゃない。蒼い月の民でも最強と謳われるほどの実力も持ち合わせていて、一族の誰もが兄に一目置いていたわ。私はそんな兄さんが大好きで、いつか兄さんみたいに強くなりたいって、ずっと思っていた。憧れていたのよ」

そこまで話すと、ルナは背負っていた大剣を手に取った。

「このブルームーンブレイドは、元々は兄さんのものよ。兄さんはこの剣を使って、コスモリーグに参加した次の年にはシーズンチャンピオンの1人になったの。マスターチャンピオンには届かなかったけど……それでも、みんな兄を誇りに思っていた。次の年には、今度こそマスターチャンピオンになれるだろうって信じていた。だけど、兄さんは……」

ルナの声が急激に震え始めた。あれから3年経っても、辛い記憶は今もなおルナを苦しめている。クリムはそんなルナの様子に驚いたのか、横たえていた体を起こしてルナの顔を覗き込んできた。

「……ルナちゃん、泣いているんですか?」

「馬鹿、違うわよ」

強がるが、さすがのクリムでも誤魔化されてはくれなかった。クリムは伸ばした手をルナの手に重ねると、強く握り締めてきた。

「ルナちゃん……。お兄さんに、一体何があったんですか?」

尋ねられ、ルナは己の記憶を辿りながら、ゆっくりと過去を話していった。

~ つづく ~