公式ノベル
シャイニングスターメモリーズ
番外編
原作:サイバーステップ
小説:青葉あおい
「ルナちゃん、どこに行くんですか!?」
「トレーニングルームに決まってるでしょ!」
その言葉通り、クリムを連れて先ほどまでいた場所に戻ってきたルナは、受付でシミュレーション訓練の申請をすると1つの部屋を貸し切りにした。そうして有無を言わさずにクリムを部屋の中に押し込んで、制御パネルで仮想バトルモードを選択した。そうしてフィールドと武器を選択すれば、白一色だった部屋は一瞬にして惑星レリックスの遺跡へと変貌する。
クリムが不安げに周囲を見渡す中、ルナはボックスから現れたトレーニング用の実弾装備型ライフル銃を手に振り向いた。
「避け方を覚えるには、実戦形式が一番手っ取り早いわ。私がこれであなたを攻撃するから、あなたはとにかく当たらないように避け続けるのよ。簡単でしょ?」
「でも……プロテクト粒子は、バトルの時しかコーティングされないんですよね? 粒子がないのに攻撃が当たっちゃったら、大怪我をしちゃいませんか?」
「これはトレーニング用のゴム弾だから、命中したところで大怪我になんてならないわよ」
「そう、ですか。少し安心しました」
クリムがホッと胸を撫で下ろすのを、ルナは冷めた目で見つめていた。
たしかに嘘は言っていない。しかしルナがクリムに与えた安堵は、すぐに意味をなさなくなるであろうことは想像に難くなかった。ルナはクリムの動きや心構えを見定めるために、あえてマイナスイメージを与えるような情報を伏せたのだった。
「あなたの意地がどんなものか、見せてもらうわよ」
呟いて、ルナはスタートボタンをタッチした。
シグナルが点灯し、赤から青へと変化する。
『バトルスタート』
AIのアナウンスとともにブースターを点火させ、クリムは上空へ浮かび上がった。ルナは十分な高度に達した頃を見計らってライフルを構えると、容赦なく引き金を引く。
まずは1発。正面からの狙撃だったが、さすがにこれは避けるのが容易かったらしい。クリムはすぐさま右に避けて、続けて放たれた2発目を左に動いて避けた。
「ルナちゃん、どうですか? 避けられましたよ!」
弾道が簡単に予測できる正面。しかも射程ギリギリまで離れているのだから回避できて当たり前だ。それなのに嬉しそうにしているクリムに、ルナは小さく舌打ちした。
「そんなんだから、あなたはダメなのよ……」
独り言ち、顔を上げる。ルナは鋭さの増した瞳でスコープを覗き込み、クリムへ照準を定めた。
「覚悟はいい? もう手加減はしないわよ?」
「はい! お願いします!」
その返事を聞いたルナは、宣言通り一切の手加減をやめた。ルナは連射に向かないライフル銃の発射間隔を可能な限り短くするべく、引き金を引いた傍からリロードを繰り返して次々と乱射する。命中精度が犠牲になろうとも、今のルナには些末なことだった。
「きゃっ! ひゃあ!」
クリムは複数の銃撃を回避する訓練は行っていなかったのだろう。視界に広がる銃弾の嵐を前にして途端に慌てふためき、1発目を避けようとして次弾の射線上に入ってしまった。二の腕にゴム弾が命中し、ビシッという痛々しい音が響いた。
「痛っ!」
痛みにクリムの動きが止まるが、放たれた弾丸の直進は止まらない。クリムは全身にゴム弾を浴びることとなり、大きくバランスを崩して墜落してしまった。
「い……痛ぁ…………」
二の腕、脇腹、大腿……クリムの白い肌のあちこちが痛々しい色に染まっていくが、ルナはうずくまるクリムに向かって冷たく言い放つ。
「油断したわね? ゴム弾じゃ大怪我はしなくても、当たればそれだけ痛いってわかったかしら? バトルではプロテクト粒子に守られているし、ゴム弾じゃ死にはしないけど……ここが本物の戦場だったら、あなたはこれで死んでいたのよ?」
うつむいたまま座り込むクリムに、ルナはさらに厳しい言葉を投げつける。
「これが実弾だったら血が流れるし、一発でも当たれば命を落とすかもしれない。戦いってのはね、あなたが考えているほど甘いものじゃないのよ? わかったなら早く立ちなさい! さっさと逃げないと次の攻撃が来るわよ!」
言い切ると同時に発砲すれば、今度はクリムの手の甲に命中した。痛む腕を押さえていた手が弾かれて、クリムは「あうっ!」と悲鳴を上げながら苦痛に顔を歪める。
「立ちなさい! いつまでも甘ったれているんじゃないわよ!」
叱咤されたクリムは泣きそうになりながらも飛行を開始するが、いつも以上に精細さの欠ける動きではルナの射撃を避けることはできない。次々と銃弾を受け、またしても墜落してしまう。
「動きが単純過ぎるのよ! 左右だけじゃなくて、もっと上下にも動きをつけなさい! 高速飛行が得意なエアリアルだからって、直線的な軌道じゃ簡単に次の動きが読まれるわよ!」
「うぅ……」
アドバイスをすれば、クリムはすぐに上下左右へ動きをつけ始めた。すると先ほどよりも避けやすくなったのか、3発連続で放ったゴム弾はすべて回避された。
クリムの表情がわずかに緩むが、ルナがその変化を見逃すはずがなかった。
「油断しない! 気の緩みは命取りよ!」
動けるようになったとはいえ、しょせんは素人の付け焼き刃だ。動きを先読みして射撃を行えば、すぐに先ほどのように命中させられる。
腕、肩、足、首筋……。クリムの白い肌には次々と赤い痕が生じていき、呼吸は痛みによってどんどん荒くなる。クリムは肩で息をしながらも飛行を続けていたが、先に音を上げた体が飛行姿勢を支えきれなくなり、前方へ倒れ込むとそのまま地面へ落下してしまった。
そんな彼女に対しても、ルナはまったく容赦をしなかった。
「もうギブアップなの!? さっさと立ちなさい!」
ルナがさらに引き金を引こうとしたそのとき、背後から飛び出した影が二人の間に割って入った。
「ルナ、もう十分だろう? その辺にしておきなさい」
ゼロだ。両手を広げて、クリムを庇う格好でルナの前に立ちはだかっている。その姿を見たルナは、またしても甘やかすのかと内心で舌打ちした。
「師匠、邪魔をしないでください! この子をなんとかしなければ、私たちはプライムリーグに上がるチャンスを逃すことになるんですよ!?」
「そうはいかん。いくらなんでも、今の君のやり方は度が過ぎている。これでは怪我をすることが前提ではないか。己の身を犠牲にするやり方など、とても訓練とは言えないぞ?」
「師匠はクリムに甘過ぎるんです! いくら一番弟子だからって、そうやって甘やかしていてはクリムのためにもなりませんよ!」
「私はそんなつもりはない。ルナ、とにかく一度冷静になるんだ」
ゼロはルナを宥めようとしてくるが、今のルナにはどの言葉もマイナスにしか捉えられず、クリムを庇っているようにしか聞こえなかった。
「これが甘やかしでなければ何だというんですか!? 師匠が厳しくできないのなら、私がやるしかないじゃないですか!」
ルナがライフルを構え直す。
「クリム、何をしているの!? さっさと立ちなさい! 早く!」
「立たなくていい。今日はもう十分だ」
ゼロが肩越しに声をかけるも、クリムはうつむいたまま、赤い痣が浮かぶ手足に力を入れて体を起こした。
「クリム、無茶をするな」
しかしクリムは、己の身を案じるゼロの言葉に対して首を振った。
「……いいえ、やります。やらないと、いけないんです」
肩で息をしながら、クリムはそっと顔を上げてルナを見た。その表情を見たルナは、思わずライフルを降ろして凝視してしまう。
先ほどまでは、あんなにも泣きそうだったのに。今は怯えや気後れといったものは一切なくなり、それまでにはなかった力が瞳に宿っている。それはルナが初めて見た、クリムの鬼気迫る表情だった。
ルナが気圧されて二の句が継げない間にも、クリムは震える足で地面を踏みしめながらゆっくりと立ち上がった。
「……悪いのは、私です。ゼロさんもルナちゃんも強いから、バトルはお二人にお任せすればいいんだって思っていました。私はバトルがダメな分、他のことを頑張ればいいんだって。でも……」
クリムが首を振る。自分の言葉を、自分で否定するように。
「でも、それじゃダメなんだって、ルナちゃんに言われてやっと気付きました。私たちはチームだから、私も強くならないとダメなんだって。そうしなきゃコスモピースを集められない……願いが叶えられない……。だから私は、今ここで変わらないとダメなんです!」
その決意に呼応したのか、クリムのブースターがこれまでにない強さで火を吹いた。浮かび上がったクリムが、上空からルナに向かって叫ぶ。
「ルナちゃん、撃ってください!」
我に返ったルナは反射的に銃身を持ち上げるも、引き金にかかる指はなぜか動かなかった。このまま撃ってよいものか、迷いが生じたのだ。恐れているのか、迷っているのか自分でもわからずにルナは困惑する。
「ルナちゃん!」
クリムの強い呼び声がして、ルナは驚いた拍子に引き金を引いてしまった。
「あっ!」
やってしまったと思ったが、銃弾は止まらない。
「クリムっ、避けて!」
叫ぶが、クリムは動かない。――否、動けないのだろう。いくら気合いがあっても、体はすでに姿勢を制御するので精一杯なのだ。もはや命中は避けられないと思ったそのとき、ゼロがアサルトドライブで一瞬のうちに距離を詰め、クリムの前に躍り出た。
「はっ!」
ゼロのロングソードがゴム弾を両断すると同時に、クリムのブースターから火が消えた。瞳を閉じたクリムは力なく落下していくが、ゼロが空中で受け止めて、そのままゆっくりと着地する。
「クリム! 師匠!」
ルナはゼロに駆け寄って、彼の腕の中にいるクリムの顔を覗き込む。どうやら気を失ったらしく、苦しげな表情は安らかな寝顔とは程遠いものだった。
ルナは複雑な気持ちでクリムを見つめていたが、やがてゼロが歩き出したために仕方なくその後をついていった。
~ つづく ~