コズミックブレイク2
シャイニングスターメモリーズ ≪ 10 ≫

原作:サイバーステップ
小説:青葉あおい

開幕から、早くも2週間が経過した。
シャインスターズは現時点で6試合を消化し、戦績は2勝4敗だ。獲得ポイントによるランキングは下の中といったところだが、これはルナにとって非常に不本意なものだった。
本日はバトルがないため、ルナは朝から中央コロニー三層目にある複合施設エリアを訪れていた。ここには商業施設や病院だけでなく、リーガーがトレーニングに利用できる専用設備が揃っている。ルナはそこに入り浸り、射撃場でこれでもかというほどの弾を撃ち込み、器具を使った筋力トレーニングで汗を流し、己の武器である大剣で素振りをした。
一通りのトレーニングを終えた頃には、時刻はすでに午後2時を過ぎていた。ルナは施設内にあるシャワールームで、頭から湯を浴びながら物思いにふけっていた。
戦績が負け越すようになった3戦目から、ルナは度々、今のままで本当に良いのかと考えるようになった。ルナとしては、己にできることは精一杯やっているつもりだ。バトルでは決して手を抜かず、どんな相手だろうと全力で向かっていき、武器の手入れといった事前準備も完璧にしている。フィールドではゼロとの連携を最優先に考えながらも、チャンスがあれば切り込むことも忘れない。それなのに、戦績は一向に振るわなかった。
何が原因かを考える度に、ルナは決まって同じ答えに辿り着く。

「大体、クリムのせいなのよね……」

呟きはシャワーの音に掻き消される。複雑な胸中を口にしたのは今回が初めてだが、一度吐き出してしまえば、それまで我慢し続けた感情が次々と口をついて出てきてしまう。

「あの子が足を引っ張らなければ、ここまで苦労することなんてないのに……。このままじゃ、いつまで経ってもプライムリーグに上がれないわ…………」

うなだれる肩や背に、湯に濡れた漆黒の長髪が張り付いている。普段はまったく気にならないそれらが、今日はなぜか鬱陶しくて仕方がなかった。体にまとわりつく髪は、まるで己をこの場所に縛り付ける鎖のようだ。お前はこの先へ行けないのだと暗に示されているみたいで、気分は滅入る一方だった。

『お前は未熟だ』

故郷を発つ直前に族長から告げられた言葉が今になって思い起こされる。
戦闘民族である蒼い月の民には、16歳を過ぎると族長と力比べを行う風習がある。そこで族長に力を認めてもらうことでようやく一人前とみなされて、星の外に出ることが許されるのだ。
ルナも一族の風習に則り、星の外へ出るために族長と力比べを行った。ルナは普段の実力を遺憾なく発揮し、これならば間違いなく認められるに違いないと信じて疑わなかったのだが、族長は予想に反してルナを未熟者扱いした。当然納得がいかず、ルナは族長に説明を求めた。

『私のどこが未熟者なのですか? ブルームーンブレイドだって使いこなせるようになりましたし、同年代の中では誰よりも強いと自負しています。それなのに未熟だと言われても納得できません』

『お前はたしかに強い。一族の大人たちに混ざっても引けを取らない実力と、常に鍛錬を怠らない姿勢。純粋な力だけを見れば、十分一人前として扱うに足る力を備えている』

『それなら――』

『しかしだ、ルナスタシアよ。強さというものは、単純な力だけによるものではない。お前はこの3年の間、戦う力ばかりを求め続けて他のことを疎かにした。広大な宇宙を生き抜いていくには、それだけでは足りぬのだ』

他のこと。それが何を指しているのか、ルナにはわからなかった。族長はそんなルナの心を見透かしたのか、深いため息を吐き出すと諭すような口調で続けた。

『今一度、冷静になって考えてみよ。兄にはあってお前には無いものが何であるのかを』

『……わかりません。私は常に、誰よりも強く、今よりももっと強くなることを考えながら鍛錬を重ねてきました。たしかに兄さんは強いですが……だからといって、今の私があの頃の兄さんに力で劣っているとも思えません』

『……わからぬのであれば、お前を一人前と認めるわけにはゆかぬ。中途半端な力を振りかざすことは、命を粗末にするだけだ』

立ち去ろうとする族長を見て、ルナはすぐに正面へ回り込んで土下座をした。

『族長、お願いです! 私はあれから3年も待ちました! もうこれ以上、故郷でジッと待ち続けるだけの生活は耐えられません! お願いですから、私を兄さんのところへ――コスモリーグへ行くことをお許しください!』

族長の厳しい視線が背中に突き刺さるのを感じながらも、ルナは怖気づくことなく、それどころか挑発するように言葉を続けた。

『……このまま族長に認められなくても、私は行きます。一族の掟に反し、同胞を敵に回すことになろうとも、必ず兄さんのところへ向かいます!』

そうして長い沈黙の末族長はルナを見下ろしながら口を開いた。

『……よかろう。今のお前では、ここに留まったところで考えを凝り固まらせるだけだ。コスモリーグへ赴き、己に何が足りないかを知るがよい』

許可を得ることができたと思い、ルナは安堵しながら顔を上げた。しかし族長の視線は冷たく、次いで出た言葉は突き放すような厳しさを含んでいた。

『せいぜい足掻くことだ。真の強者に学び、多くの信念に触れれば自ずと己の未熟さを悟ることになろう。それでもなお気付けぬのであれば、もう二度と故郷の土は踏めぬと心せよ。どこぞの星で朽ち果てようとも、我らにとっては与り知らぬこと。それが己の力を見誤った、お前の末路だ』

族長はそのまま立ち去っていった。半ば見放されたようなものだろうが、それでも許可を受けたことには変わりない。ルナは族長の気が変わらないうちにと、その日のうちに故郷を出てコズミックネイブルを目指したのだった。
そういった経緯で参加したコスモリーグであるというのに、結果がまったくついてきてくれない。これでは族長はおろか、父や母、友人にすらそれ見たことかと呆れられてしまう。気持ちは焦るばかりで、余裕などほとんどなくなっていた。
ルナは鬱屈した気分を吐き出すように深く長いため息をつくと、シャワーの栓を閉めて脱衣用のロッカールームへ出た。
身支度を済ませたところで、壁に備え付けられているデジタル時計に目を向ける。時刻は間もなく午後3時になろうとしているが、ルナはぶっ通しでトレーニングをしていたため昼食を摂っていない。かといって、今はとても食事をする気分ではないし、これ以上トレーニングをしてもオーバーワークでかえって体調を崩しかねない。ショッピングや趣味に興じる気分でもないため、ルナは仕方なくホームへの帰路に就くべくシャワールームのドアに手をかけた。
勢いよく開いたところで、ドア越しに軽い衝撃がかかった。どうやら人がいたらしく、ルナは咄嗟に手を止めると慌てて向こう側を覗き込んだ。

「ごめんなさい! 大丈夫――――あっ!」

ルナは思わず相手を指差してしまう。ドアの向こうに立っていたのは、清水のように透き通った水色の瞳。三つ編みに編み込まれた水色の長髪を持つ、いつぞやのレールガン使いの少女だった。
唐突な再会にうろたえ無言になってしまったルナに対して、少女は相変わらずの無表情なまま視線を向けてきた。

「出て行かないのなら、通してくれるかしら?」

素っ気ない口調で告げられて、ルナは眉根を寄せながらも後ろに下がって道を開ける。少女はそのままルナの横を通って空いているロッカーの扉を開いた。
ルナは少女が装備を外していくのを黙って見ていたが、やがて咳払いを1つすると彼女に話しかけた。

「あなたもコスモリーグに参加していたのね。チームはどこ? 順位はどの辺りかしら?」

すると少女は、ボディスーツに手をかけながら目線だけをルナに向けた。

「そんなこと、あなたに教える必要があるの?」

冷淡な物言いにムッとするが、ルナは気にしないように努めながら言葉を続けた。

「ただの世間話よ。教えたくなければいいのよ? それだけ恥ずかしい順位なんだって判断するだけだもの」

挑発的な口調。対して面識のない相手に突っかかるなど、これではまるで八つ当たりではないか。ルナはそんな己を自覚しながらも、一度出してしまった態度を崩すわけにもいかず、腕組みをして虚勢を張ってみせている。だがそれも、少女が次に発した言葉によって脆く崩れ去った。

「あなたのチームほどじゃないわ。シャインスターズのルナスタシア」

「なっ――――!? どうして私の名前を知ってるの!?」

「あなたのチームは有名だもの。3分間タイマーって呼ばれているの、知らない?」

「3分間タイマー?」

「バトル開始から3分以内で、大抵誰かが撃墜されるから。一部のリーガーが、その日のバトルで誰が真っ先に撃墜されるのかを賭けに使うほどにね。たった3分で結果が出るから、ついた異名が3分間タイマーよ。わかった?」

ルナは愕然とした。まさか自分たちのチームが、他のリーガーにここまで馬鹿にされているとは思いも寄らなかったのだ。恥ずかしさと悔しさのあまりに握り締めた拳が、ブルブルと小刻みに震えだす。
少女は黙ったままのルナから視線を外し、脱いだ服をロッカーに仕舞ってタオルを手に取った。

「話は終わり? この後バトルだから、無駄話をしている時間はないのだけど?」

少女に尋ねられても、ルナは何も言えないままだった。
少女はそれ以上返事を待つことなく歩き出す。彼女の姿が個室の向こうに消えたところで、ルナは当たり散らすかのようにドアを乱暴に開けて飛び出した。
早歩きで往来を進みながら、ルナは悔しさから強く歯噛みする。己に非はないはずなのに、どうしてここまで馬鹿にされなければならないのか。なぜ悔しい思いを抱かなければならないのか。苛立ちは強まっていくばかりで、すれ違うリーガーにすら笑われているのではないかという疑心暗鬼にまで囚われた。いつの間にか駆け出していたルナは、それらを振り払おうと脇目も振らずに走り続ける。
やっとの思いでホームに辿り着き、ルナはこれでようやく気が休まるだろうと安堵しかけたが、ドアを開けた途端に漂ってきた匂いによって、それまでの悔しさは一瞬にして怒りへと変化した。
はらわたが煮えくり返る思いで廊下を進み、リビングダイニングのドアを乱暴に開け放てば、中からは「きゃっ!」という小さな悲鳴が聞こえてきた。見ればエプロン姿のクリムが、テーブルの上に料理を並べているところだった。

「びっくりしました。ルナちゃん、お帰りなさい!」

クリムは普段と何ら変わらない笑顔を向けてくる。

「ゼロさんから、ルナちゃんは朝からトレーニングに出掛けているって聞いたんで、帰ってくる頃にはおなかが空いていると思ってご飯を作りました! どうぞ座ってください!」

クリムがにこやかに話しかけてくるが、今のルナにはその笑顔すらも怒りを助長するものでしかなかった。

「……あなた、何をやってるの?」

低い声で呟けば、クリムは意味がわからなかったようで不思議そうに首を傾げている。

「ですから、ルナちゃんのご飯を作って――」

「ご飯なんかどうでもいいわよ!」

ルナの怒声が部屋に響き渡り、驚いたクリムは手にしていた取り皿を落としてしまう。ガシャンと音を立てて砕けてしまった皿を見てクリムがおろおろとしているが、ルナは構わずに言葉を続けた。

「ねえ、わかってるの? リーグが始まってから2週間が過ぎたのよ? ……クリム、あなたは今日まで何をしてきたの? 6試合して、2勝4敗で、その中でいくつ撃墜したの? 何度撃墜されたの?」

ルナは欠片を踏みつけながらクリムとの距離を縮めていく。その迫力に気圧されたのか、クリムの顔はいつもの笑顔から一転して、怯えたような表情でポツポツと呟いた。

「あの……私は、グレイシアでのバトル以外は全部撃墜されています。それで……私はまだ、一度も撃墜したことがありません……」

改めて聞いても酷過ぎる内容だ。ルナは大袈裟なまでにわざとらしいため息を吐き出した。

「経験が浅いんだから、撃墜されてしまうのは仕方がないと思うわ。……でもね、あなたの場合はそれ以前の問題なの。毎回毎回、あなたのうっかりに巻き込まれたり、尻ぬぐいに追われたりで私や師匠は全然バトルに集中できないのよ?」

「それは……反省してます」

クリムは沈んだ表情だが、ルナにはそれすらも不快だった。

「口だけなら何とでも言えるわ。本当に反省しているのなら、もっと行動で示すべきなんじゃないの? トレーニングをするとか、師匠に稽古をつけてもらうとか、やることは色々とあるでしょ?」

「ですから、せめてチームのお食事くらいは不自由しないようにと思ったんです。私、こう見えてもお料理は得意なんで――」

ここまで聞いたところで、ルナは強く歯を食いしばってテーブルに拳を落とす。衝撃でテーブルが振動し、皿や料理がカタカタと揺れている。

「ご飯を作ったから何だって言うのよ! それで敵を撃墜できるの!? 下手な射撃が上達するの!?」

「そ、それは……」

二の句が継げずにおどおどしているクリムの態度は、ルナの苛立ちを余計に強くするばかりだった。
これまで、ずっと我慢してきた。どんなにミスをされても、迷惑を被っても。素人なのだから仕方がない、ゼロが何も言わないのなら口出しするべきではないと、そう思ってきたがもう限界だった。今日まで蓄積し続けてきた怒りが、クリムに向かって止めどなく溢れ出てしまう。

「あなたはもう何もしないで! どうせ3分で撃墜されるんだから突っ立っていても同じでしょ!? お願いだから、これ以上私の邪魔をしないでよ!」

「で……でも、私たちはシャインスターズの仲間じゃないですか。いつもルナちゃんに助けてもらっている分、私も何かお返しをしたくて……」

「何がお返しよ! 助けるも何も、あなたは私をうっかりに巻き込んでいるだけじゃない! この際はっきり言わせてもらうけど、今のあなたはチームのお荷物以外の何ものでもないのよ!」

ルナはもうオブラートに包むことすらしなかった。

「あなたが足を引っ張るせいで、一向にランキングが上がらないのよ! 私はあなたと違って、ルーキーリーグなんかでのんびりしている暇なんてないんだからね!」

次々とまくし立てられて、クリムの瞳には涙が滲んでいる。ルナの剣幕に恐れおののいているようだが、クリムはおどおどしながらも口を開いた。

「る、ルナちゃん、落ち着いてください。そんなにイライラしているなんて……あっ、もしかして、おなかが空いているんですか? 良かったらこれを――」

クリムがおかずの入った大皿を手に取ったのを見て、ルナは怒りに駆られるがままにそれをはたき落とした。当然皿はひっくり返り、ぶちまけられたおかずは皿とともに他の料理へ容赦なく降り注ぐ。

「どうしてそんなにのんきでいられるの!? どうしてあなたには危機感がないの!? 他のチームに馬鹿にされているってのに、のんびりとご飯なんて食べられるわけないじゃない!」

クリムはぐちゃぐちゃになってしまった料理を前にして、とうとう堪えきれなくなったらしい。これまでは押し止めていられた涙が、1粒、2粒とこぼれ落ちる。
このままシクシクと泣き出すものかと思われたが、クリムは意外にも目尻の涙を拭っただけで、うつむきながらも己の意見を口にしてきた。

「でも……食べないと元気出ませんよね? おなかが空いちゃったら、辛くてバトルどころじゃなくなっちゃいますよね? たしかに私は、バトルでは何の役にも立たない足手まといですけど…………せめてルナちゃんたちの食事だけは、きちんとできたらいいなって……」

「余計なお世話よ! 食事が何だって言うの!? そんなことに気を回す暇があるのなら、撃墜されないように被弾率を減らすための訓練をしなさいよ!」

「でも、でも、訓練って言われても、何をどうすればいいのかわからなくて……」

「ああもうっ、本当に何もできないのね! 来なさい!」

これ以上は埒が明かないと、ルナはクリムの手を掴むと無理矢理外に連れ出した。

~ つづく ~